2010年2月2日
江戸時代末期、浮世絵師・安藤広重は「名所江戸百景」の一景に、浦安を描いた。川の両岸に軒をつらねた漁師の家々、川面に浮かぶ小舟など、一本の川を中心に浦安の様子がうつしだされている。
この川の名を「境川」という。ここから男たちは出漁し、ここで女たちは炊事や洗濯などの用を足した。ときにはこの川で恋も生まれた。そんな母なる川をたどり、浦安の人々の歴史を追う。
境川昔の風景
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わしは、境川の主「境じい」じゃ。古くは、この境川を中心に、浦安の人々の生活があった。わしが見守ってきた浦安の人々の昔話をしよう。 |
べか舟
浦安の人々は江戸時代から漁業を生業としてきた。浦安の浜でのりの養殖が盛んになると、べか舟が活躍した。昭和30年代前半には境川に1000そうを超えるべか舟が浮かんでいたものじゃ。
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川端での炊事・洗濯
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川沿いには漁師たちの家が並んでいてな。川端で米をとぎ、洗濯をする女性たちのにぎやかな話し声が聞こえてきたものじゃ。川を舟で行き来する若い漁師と川端の娘との間に恋がしばしば芽生えたものじゃった。
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旧役場跡
| 新橋のたもとに昭和49年まで旧町役場があった。瓦ぶき屋根で和洋折衷造りのモダンな建物で、当時は「浦安に過ぎたるもの」と言われ、県下にその偉容を誇ったものじゃった。 |
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フラワー通り
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旧町役場の隣にある清瀧神社の前にフラワー通りの入口がある。境川の流れに平行するこの通りは、当時、映画館や飲食店、銭湯などが立ち並び、「浦安銀座」と呼ばれるほどのにぎわいを見せたのじゃ。 当時は、風呂がある家は少なく、ほとんどの人が銭湯に通い、そこで長々と世間話をしたり、歌をうたったりして楽しんでおった。銭湯は、まちの人々の社交場でもあり、娯楽場でもあったのじゃ。 |
旧大塚家住宅
| かつて、漁業で生計をたてるかたわら、わずかばかりの田畑を耕しながら生活する家が多く見られた。境川に面して建つ旧大塚家住宅もそのひとつじゃ。この家は江戸時代末期に建てられたといわれ、浦安では比較的大きいものじゃった。 |
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貝むき屋
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境川沿いには、貝むき屋がたくさん並んでおった。漁師がとってきた貝をむくのは女の仕事。ときには声自慢のむき手が歌をうたったり、冗談をいって皆を笑わせたり。むき場は女たちの社交場じゃった。
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江川橋
江川橋の夏はにぎやかじゃった。橋の欄干から川へ飛び込み泳いで遊ぶこどもや、橋の上で夕涼みをする人もおった。
この橋の近くには、「浦安亭」という演芸場があった。漁師町だったから、客の気が荒く、上手な演技には惜しみなく拍手を送るが、下手だと罵声がとんだ。浦安でうければ一人前といわれたほどじゃ。
海楽園
現在の市役所あたりに、かつては土手があり、そこから先は海だった。ここから漁師たちは出漁していったのじゃ。 この土手の南端に海水浴場「海楽園」があり、こどもたちが楽しむ姿をよく見ることができたものじゃ。 |
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そして今は・・・
公害で川や海が汚れ、昭和46年に浦安の人々は漁業権を全面放棄した。その後、埋め立てが進み、漁師や川で泳ぐこどもたちの姿は見られなくなってしまった。
近年は、境川の親水テラスで人々が憩う姿や、川沿いを花壇で彩り、川を大事にしてくれている姿を見ると、わしもうれしく思うものじゃ。
カフェテラスin境川2010
「ホテルなどのグルメ店」と「カフェテラス」の設置、「各種乗船体験」「水上ステージ」「嫁入り舟」「お楽しみ抽選会」など、盛りだくさんのイベントを開催します。
日時 3月27日(土)・28日(日)午前10時~午後4時
場所 市役所周辺、境川
交通規制 イベント当日は「江川橋~あけぼの橋」間の両岸道路の車両通行ができません。また、イベント開催時間帯は、おさんぽバスのバス停の場所を一部変更しますので、ご注意ください
特設「水上ステージ」への出演者募集
日時 3月27日(土)・28日(日)午前11時~午後3時(雨天は中止)
内容 音楽、ダンス
申込 電話または直接、商工観光課(市役所本庁舎4階)電話:047-351-1111へ ※楽器・アンプなどの必要な物はすべて出演者が用意してください。演奏の形態により出演をお断りする場合があります
問い合わせ 商工観光課